人はもう、ChatGPTに悩み相談する時代。
じゃあ──
「AIが“共感するかどうか”だけで、
抗うつアプリの効果は変わるのか?」
「正しいことを言ってくれる人」と「気持ちをわかってくれる人」。
落ち込んでいるとき、あなたはどちらに話を聞いてほしいでしょうか。
心理セラピーの世界では、昔から、「共感は大切だ」と言われ続けてきました。
けれど、ここで一つの疑問が浮かびます。
それは、共感は“雰囲気づくりの潤滑油”なのか、それとも“効果的なセラピーのエッセンスそのものなのか、という問いです。
感覚や理屈ではなく、データで確かめることはできないのか?
その問いに正面から答えようとした、AIセラピーを用いた私たちの大規模実証研究が、国際的な医学論文として発表されました。
人間ではできなかった「残酷な比較」
人間のセラピストでは、次のような比較はほぼ不可能です。
- 共感的な言葉をかけてくれるセラピスト
- 共感を示さず、正論や助言だけを返すセラピスト
この2者を、まったく同じ条件で、大量に、ランダムにグループ分けして比較する。
倫理的にも、現実的にも、まず不可能でしょう。
しかし、AI対話機能を用いた抗うつアプリ(iCBT)なら、それが可能になります。
- 基本のアプリスペックは同じ
- 介入頻度も同じ
- しかも参加者には返答がAI作動か、非作動かの区別がつかない(心理セラピー研究では難しかった目隠しのブラインド試験)
違うのはただ一つ、「AIによる共感的な自動応答があるかどうか」だけ。
この条件で、約1200人規模のランダム化試験(RCT)が行われました。
比較されたのは3つの条件
参加者は、次の3つのグループにランダムに分けられました。
使用された抗うつアプリ(iCBT)は、人手を一切かけない完全自学自習型のeラーニングプログラムで、認知行動療法(CBT)という標準的なうつ病治療の理論に基づいて作られています。
この抗うつアプリでは、ユーザーは、つらいできごと、その気持ちや考えを入力し、インストラクションに従って考え方や感じ方の修正を練習するエクササイズが課されます。
そのプロセスで
- 「悲しい」「不安だ」といった入力に反応しては、「大変でしたね」といった共感的応答
- 事実と考え、感情と考えがごっちゃになっている時には、それを指摘し書き直しを促す助言的応答
というAIの自動応答機能を、付けるか、付けないかだけで条件を分けました。
6週間、週1回のペースで実施し、その後に効果の違いを比較しました。
どうグループ分け?
- 共感などのAI自動応答のある抗うつアプリ(AI-iCBT)
- AI自動応答のない抗うつアプリ(iCBT)
- 何もしないグループ
何を評価?
- どれだけ脱落率が下げられたか
- どれだけ気分が変化したか
結果①:共感があると「続けられる」
まず明らかになったのは、脱落率の違いでした。
抗うつアプリは、AI応答の有無にかかわらず、週を追うごとに脱落は起きます。
しかし、共感的なAI自動応答のあるアプリ群では、明らかに脱落しにくい軌道を描いていました(図1)。

AI自動応答には、共感だけでなく助言機能も含まれていましたが、詳細に分析すると、参加率の改善と強く関連していたのは「共感機能」だけでした(参加可能性(オッズ)が10倍アップ)。
これは非常に重要なポイントです。
Eラーニング型の支援では、「効果があるかどうか」以前に、「続けられるかどうか」が最大の壁になります。
実際、約100のメンタル系ヘルスアプリをリアルワールドデータで分析したバウメルらの研究では、2週間後も使い続けていた人は、平均で全体のわずか3.9%にすぎなかったことが報告されています。
こうした最初の関門に対して、共感は確かに影響していました。
結果②:重症化を防ぐ方向に働いていた
次に検討されたのは、うつ症状への影響です。
この研究はオンライン募集だったこともあり、参加者の約6割は、通常であれば医療の対象とはならない、いわゆる「正常〜プチうつ」層でした。
そのため、
- 改善の伸びしろが小さかった
- そもそも一度もプログラムを実施しない人さえいた
などから、アプリによる明確なうつの改善自体は確認されませんでした。
そこで本研究では、開始時に、まったくの正常者は除き、軽くても最低限のうつ症状があり、かつ6回のうち3回以上はプログラムを実施した参加者に限定し、研究終了時の重症予防効果について検討しました。
その結果、抗うつアプリ実施終了後、3ヶ月経過時点で、うつ病水準(PHQ-9≧10点)の重度うつ状態だった人の割合が、「AIあり」のグループでのみ低下していることが観察されました(図2)。

この結果からは、共感的に機能するAIは、うつ症状を直接的に「治す」効果を強めたわけではない。
しかし、抗うつアプリへの参加を支え、将来的な症状の悪化・重症化を防ぐ方向に働いた可能性がある。
と解釈されるものでした。
特に興味深いのは、セラピー中には明確な抗うつ効果が示されなかったにもかかわらず、「AIあり」だけが脱落率が低かったという点です。
みなさんは、すぐにつらさを治してくれない治療者に、通い続けたいと思うでしょうか?
でも、「この人は自分のつらさをわかってくれている」と感じられる相手なら、もう少し続けてみようと思えるかもしれません。
そして、その「続けられたこと」自体が、将来の症状悪化を防ぐことにつながっていた。
この研究は、そう示唆しています。
共感は「飾り」ではなかった
この研究から導かれる結論は、シンプルです。
共感は、あってもなくてもいい“雰囲気づくり”ではありませんでした。
- 人を治療プロセスにつなぎとめ
- 継続を支え
- 症状の悪化を防ぐ
という、はっきりした機能を持っていたのです。
しかもそれを示したのが、感情を持たないはずのAIだった、という点は象徴的です。
これは「AIがすごい」話ではない
この研究は、「AIが優秀なセラピストになれる」という未来の夢を単純に称えるものではありません。
むしろ浮かび上がったのは、逆の事実です。
人間にとって、共感はセラピーにおける決して外すことのできない中核要素である。
人は、正しいことを言われただけでは動きません。
気持ちを理解されていると感じて、はじめて前に進める。
その当たり前のようで、これまで曖昧だった前提を、AIという「感情のない存在」が、冷静に証明してしまったのです。
まとめ|正論より、共感
この結論は、セラピーに限りません。
教育、医療、子育て、マーケティング、そして、これからのAIとの付き合い方。
あらゆる場面で、「何を言うか」以上に「どう関わるか」が問われる時代に入っています。
正論より、共感。
説得より、受容。
人はもう、人間とAIを同じ基準で選び始めている!
これはきれいごとではなく、データで裏づけられた現実です。
最後に
もしあなたが今、
- 誰かを支えたい
- 励ましたい
- 良くなってほしい
そう思っているなら。
まず必要なのは、正しい答えを探すことではなく、「つらい気持ちをわかろうとする姿勢」なのかもしれません。
この研究は、そう静かに教えてくれています。
AI抗うつアプリ開発:NECソリューションイノベータ㈱
研究助成:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

